小澤俊夫

まず、昔話とはなんでしょうか。昔話は「口で語られて耳で聞かれた文芸」です。耳で聞き終わったら消えちゃう。それが、目で読む文学ともっとも違うところです。だから、昔話の語り口は「シンプル」で「クリア」でなければならない。 もうひとつ大事なことは、聞いているほうがはっきり聞き取れるよう、言葉を繰り返すときには同じ言葉で語る。そのような「かたち」があるんです。 では、昔話を語るうえでいちばん大切なことはなんだと思いますか? それは、大人が子どもの耳に「生の声」で聞かせることです。目で読む文学、たとえば絵本のようなものが登場したのは、ごくごく最近。絵巻物のようなものがあったかもしれませんが、それはお金持ちだけのもので、大多数の人たちは、子どもを膝に乗せて昔話を語った。うんと身近なところでしゃべるから、子どもたちは体温や呼吸を感じる。その距離で接しているから、自分が相手にされている、愛されているということがいつの間にか実感できる。 ** 昔話が残酷だと言われはじめたのは、だいたい1980年代。高度成長の時代です。高度成長では、生活すべてがきれいになったでしょう、家も服装も全部。文明っていうのは、生活環境を自然から隔離することだよね。そのときに気がついてみたら、昔話が残酷だと言われはじめていたんです。 高度成長に生まれてきた人たちが貧困を知らない、それはいいことなんですよ。だから、昔話がそれを教えてくれている。元来、日本人の生活は、自然と密着した生活をしていたんだということを。それを大事にしないと、日本人は根無し草になってしまう。